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長野地方裁判所 昭和26年(行)10号 判決

原告 竹内力

被告 長野県知事

一、主  文

被告が別紙目録記載の農地について昭和二十五年二月二十八日附買収令書を以てなした買収処分は無効なることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として原告は昭和十九年二月満洲から帰国し生家再興のため農業を経営する目的で、嘗て借財整理のため原告先代竹内力吉その他から訴外米久保資守の先代米久保順治を経て当時右米久保資守の所有に属していた別紙目録記載の農地(以下本件農地と略称する)並にその他の宅地建物を昭和十九年三月一日訴外米久保資守から代金三千八百円にて一括買受け同日その引渡を受けた上、本件農地の中、長野県南安曇郡高家村字均下七百七十七番田三畝十四歩を他人に賃貸した他は原告自ら耕作して現在に至つた。而して右売買当時本件農地には訴外米久保資守の債務について株式会社日本勧業銀行のため抵当権設定登記が存したので、その抹消後に本件農地の所有権移転登記手続をする約束であつた処、右抵当権は昭和二十一年三月初頃抹消になつたので、原告は訴外米久保資守に右所有権移転登記をなすよう請求したが、その頃農地調整法第四条第一項との関係で困難になつたので原告は昭和二十三年一月六日松本簡易裁判所に訴外米久保資守を相手として本件農地の所有権確認並に同所有権移転登記手続請求訴訟を提起した結果、同年六月十七日原告は勝訴の判決を受け、同年六月二十八日その確定した判決に基き移転登記をなし、茲に名実ともに原告の所有となつた。然るに訴外高家村農地委員会は本件農地を訴外米久保資守の所有であると誤信し自作農創設特別措置法第三条第一項に基き本件農地の中、南安曇郡高家村字均下七百七十番、七百七十一番合併の二、畑七畝六歩については和昭二十二年五月九日、買収計画を樹立したので、原告は右買収計画に対してはその縦覧期間たる昭和二十二年五月九日より同年五月二十日迄の間に口頭を以て右農地委員会に対し右農地が原告の所有地であることを理由に異議の申立をなしたところ、右農地委員会は更に本件農地の全部につき昭和二十二年十一月十四日買収計画を樹立したのでこれに対してはその縦覧期間たる昭和二十二年十一月十四日から同年十二月二十四日迄の間である同年十二月二十四日原告の前所有者である訴外米久保資守の名義を以て同委員会に対し異議の申立をなしたが、同委員会は右の各異議申立に対し何ら審議した形跡なくその決定もない儘に、被告は昭和二十五年二月二十八日附を以て本件農地に対し買収処分をなした。以上要するに本件農地は前述の如く原告の所有であるに拘らず偶々登記名義人であつた訴外米久保資守を所有者と誤認して本件買収処分をなした点並に本件買収処分の前提である前示買収計画に対し原告並に訴外米久保資守より夫々異議の申立をなしたに拘らず之に対する何らの決定もない儘、買収処分がなされた点に於ていずれも違法にして当然無効であるから本件買収処分の無効確認を求めるため本訴請求に及んだと述べ、本案前の抗弁に対し之を否認し、なお本件農地の中、字均下七百七十七番田三畝十四歩内畦畔十二歩を除く他の五筆の農地については被告主張の如く原告に対し売渡処分がなされその登記手続のなされていることは認めるが、右五筆の農地はその後昭和二十六年七月十九日訴外高家村農地委員会においてその売渡計画の取消決議がなされ同年八月十日訴外長野県農地委員会も之を承認し、更に同日被告においてその売渡処分を取消した。従つて右取消によつて前記売渡登記も近く抹消される筈であると補述し、又本案の抗弁に対し之を否認すると述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は本案前の抗弁として本件農地の中、字均下七百七十七番田三畝十四歩内畦畔十二歩を除くその余の農地に対する原告の請求を却下する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、その理由として本件農地の中、字均下七百七十七番田三畝十四歩内畦畔十二歩を除くその他の五筆については昭和二十二年十二月二日自作農創設特別措置法第十六条の規定により原告に売渡され昭和二十五年三月二十九日受付第一、二七三号を以て原告のためその所有権取得登記がなされている。従つて原告は今更その前提となつた右農地に対する本件買収処分の無効確認を求める法律上の利益を欠くから、本訴は不適法であると述べ、次に本案につき原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告の主張事実中本件農地につき訴外米久保資守を相手方とする原告主張の如き買収計画並に買収処分のなされた事実はいずれも之を認めるが、その余は否認する。殊に本件農地につき原告が訴外米久保資守から所有権移転登記を受けることが困難であつたと称する昭和二十一年三月当時施行されていた農地調整法第六条第三号によれば農地を耕作の目的に供するため所有権を移転するについては何ら行政庁の許可を要しなかつた。仮に原告と訴外米久保資守との間に本件農地につき原告主張の如き売買契約がなされたものとしても、臨時農地等管理令第七条ノ二の規定によれば農地につき所有権譲渡契約を締結せんとする当事者はその契約の締結につき農商大臣の定むるところに依り地方長官の許可を受くべき旨定められているに拘らず地方長官の許可を受けていない右売買契約は右法規に違反する無効のものである。又仮に右売買により本件農地の真実の所有者が原告となつたものとしても、原告は右買収計画当時は未だその旨の登記がなされていないから原告は本件農地所有権の取得を以て登記の欠缺を主張するにつき正当の利害関係を有する第三者たる訴外高家村農地委員会及び被告に対抗しえない。

以上いずれの理由によるも被告が本件農地につきなした前示買収処分は正当であるから原告の本訴請求は失当であると述べた。(立証省略)

三、理  由

先ず本案前の抗弁につき考察するに、被告は本件農地の中、字均下七百七十七番田三畝十四歩内畦畔十二歩を除くその他の五筆については既に被告により原告に対し売渡処分がなされ、その所有権取得登記までなされている以上、原告にはその前提となつた右農地に対する買収処分の無効確認を求める法律上の利益を欠く旨主張するけれども、たとえ被告主張の如く右農地が原告に売渡された結果、終局的には原告として右農地の所有権を喪失することはなかつたとしても、苟も原告がその所有に属する農地を被告により訴外人の所有地なりと誤認され違法に買収されたため、更めて原告に於て右農地を被告の売渡処分を通じて相当な対価を以て買受けることとなれば原告が経済的損失を蒙るべきことは明白であるから、原告に右買収処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益があるものと謂わなければならない。よつて被告の右抗弁は到底採用の限りでない。

そこで更に本案に入つて審査する

本件農地につき訴外米久保資守を相手方とする原告主張の如き買収計画並に買収処分のなされたことはいずれも当事者間に争がない。

原告は本件農地の右買収計画当時における真実の所有者は原告であるから訴外米久保資守を所有者としてなした本件買収処分は違法であると主張するのでこの点につき考察するに、証人米久保資守の証言により成立を認めうる甲第一、第二号証、第九号証、証人竹内キヨの証言により成立を認めうる甲第三、第四号証、成立に争ない甲第五、第六証、第八号証並に乙第一号証の一乃至六及び右証人両名の各証言を綜合すれば、本件農地はもと訴外竹内けんの所有に属していたが、偶々訴外竹内力吉の借財整理に際し、その債務弁済の資として訴外米久保順治に他の物件と共に売渡され、同訴外人にその所有権移転登記がなされていたものであるが、昭和七年九月二十五日右米久保順治と訴外竹内力吉との間に、右竹内に於て将来本件農地を他の前記物件と共に右米久保より買戻しうる旨の合意が成立したこと、訴外米久保順治は昭和十四年十二月二十八日隠居し訴外米久保資守が家督相続し本件農地の所有権を承継取得すると共に右契約上の義務をも承継したこと、又訴外竹内力吉は右合意の履行前に死亡したため、原告が右約旨に基き昭和十九年三月一日訴外米久保資守より本件農地をその他の物件と共に代金三千八百円にて買受けその引渡を受けたけれども当時本件農地の中、字均下七百七十番七百七十一番合併の二、畑七畝六歩を除くその他の五筆の農地には、日本勧業銀行のために抵当権設定登記が存していたため、その抹消と共に本件農地の所有権を一括して原告に移転する旨の約束がされたこと、ところが右抵当権が抹消になつた昭和二十一年十月頃は農地調整法第四条との関係で右売買による所有権移転登記は困難であつたため、原告は昭和二十三年一月六日松本簡易裁判所に訴外米久保資守を相手として本件農地の売買による所有権移転登記手続請求訴訟を提起した結果(松本簡易裁判所昭和二十三年(ハ)第一号事件)原告は昭和二十三年六月十七日勝訴したので右の確定判決に基き昭和二十三年六月二十八日右移転登記をなすに至つたことを夫々認めるに十分である。右認定に反する証人水谷義春、二木六郎、宮沢利男の各証言の一部はいずれも前掲証拠と対比してにわかに信用できない。尤も成立に争ない乙第二号証の一乃至三及び証人二木六郎の証言(但し前記信用しない部分を除く)を綜合すると、昭和二十二年二月十日附を以て高家村農地委員会長より各隣保班長宛に不在地主の所有する農地の耕作者(小作者)申告の件につき班内耕作者にその周知方を依頼した処、原告は本件農地の小作者として右農地委員会長宛申告してきた事実を認めることができるけれども、これは本件農地の売買後もなお右申告当時は未だ所有権取得登記をしていなかつたので原告は便宜登記簿上の所有名義人であつた訴外米久保順治或は訴外米久保資守を所有者として申告したに過ぎないのであつて、前記売買によつて所有権が原告に移転していたとの認定を覆すことはできない。又被告の提出援用に係るその他の証拠によつても右認定を左右しえない。

以上認定した処によれば結局本件農地の買収計画当時における真の所有者は原告であつて訴外米久保資守ではなかつたものと謂わなければならない。この点につき被告は右農地所有権の移転については当時施行の臨時農地等管理令第七条ノ二に定める地方長官の許可がないから右規定に違反する無効のものである旨主張するけれども、右規定はいわゆる取締規定であつてこれに違反する行為の私法的効果をも否定する趣旨のものではないと解するのが相当であるから、前記農地所有権の譲渡契約につき地方長官の許可のないことは証人米久保資守の証言に徴し疑のないところであるが、この故を以て直に右譲渡契約を無効とは做しえない。又被告は前記農地所有権の移転については本件買収計画当時はその旨の登記がなされていなかつたから原告は本件農地所有権の取得を以て登記の欠缺を主張するにつき正当な利害関係を有する第三者たる被告には対抗しえない旨主張するけれども、自作農創設特別措置法による農地の買収は国家が同法第一条に掲げる目的を達成するためその公権力を以て強制的一方的に農地の所有権を取得する行為であつて一般私法上の不動産物権の取引関係とは全くその性質を異にするものであるから、一般私法における不動産物権変動の安全確保を目的とする民法第百七十七条の規定は自作農創設特別措置法による農地の買収にはその適用がないものと解するのが相当であり、従つて原告の本件農地所有権の取得につき本件買収計画当時その旨の登記を欠いていたことは原告の自認するところであるが被告はこれを以て原告の右所有権の取得を否定しえないものと謂わなければならない。

果してそうだとすれば前述の如く本件農地の右買収計画当時における真の所有者は原告であつたものと謂わなければならないから、本件買収計画は原告を相手方とせず単なる登記簿上の所有名義人にすぎない訴外米久保資守を相手方として定めた点において既に所有者を誤つた違法があるというべきであり且その瑕疵は重大と認められるから右違法な買収計画に基きなされた被告の前示買収処分も亦当然違法無効たるを免れない。

仍て本件買収処分の無効確認を求める原告の本訴請求は原告主張のその余の点についての判断を俟つ迄もなく正当としてこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 伊藤顕信 市原忠厚 内藤丈夫)

(目録省略)

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